久々の春

 
彼氏が出来た。

NY来てすぐに友達になって、最初は3人でBroadwayを見 る仲だったのが

気付いたら2人で見に行って2人で飲みに行く仲になってた1歳下 の彼。

 

彼はずっと「そまなさんには心を開ける」と言ってくれてて、 確かに一緒にいるとラクだもんね~って感じで

でもなんとも思ってなかった。

 

先月急に予定がなくなって彼を飲みに誘ったら、 すごく楽しくて何かかっこいいなって思い始めて

彼も珍しく「楽しかったからまた行きましょう」 って言ってくれて。

 

別の友達と飲んでるときに誘ったら来てくれたり、 我が家のホムパに来たり(あれ?めっちゃ誘ってたな笑)。

彼企画の寿司を食べたときには何か凄く心の距離が近くなって、

その後セントラルパークの無料オケに誘ったら来てくれて、 彼はその日とっても疲れ果ててたんだけど

我が家に泊まりたいと言って添い寝だけした。

 

で、別に一線越えてもないのに彼は非常にそれを重く捉えてて、

私を好きでいてくれて、でも優しさに甘えて泊まってしまったと。

ただ彼の中では次ぎ付き合う人と結婚したいから、 告白するまで時間が欲しいと謎の溜めw

でもポジティブな私はそれも彼の誠実さで、 結婚できない人より遥かにマシかなと。

 

結局三日後にご飯食べに行くことになったんだけど、 そこでもまるで結婚を前提にするかのような発言が相次いで

でもその割に肝心の一言を言わない彼に私がギャーギャーとキレな がらも、付き合うことになりました。

 

そのまま彼の家に泊まったんだけど、 外ではツンケンしてるくせに家の中だとめっちゃ甘えてきて

かわいくて仕方ない笑

 

友達から付き合うとこんなにラクなんですね、友達だからなのか、 もともと何でも言い合える仲だからなのか。

でもどうにか長続きするといいな。

 

帰り際に次いつ会えるか聞いてきて、 いつでも来て良いからねって言われたのがかわいすぎて思いだすだ けで悶える笑 

KuTooとかいろいろ

 
職場で私が入社した頃から愚痴を言いあう仲だった女性(私の8歳 上)がいる。

愚痴を聞くのはいいのだけど、 本当に生産性の無いことで悩んでいて、 もはやうぬぼれに繋がってる。

 

いまも60近い正社員女性が彼女のせいにして休みをとろうとしたり、

それが人事に伝わって大ごとになったりしてるそうで、『 あの人は私の存在が負担だって言ってるみたい』と相談してきた。

からしたら、 何でそんなアホな人の言うことに一々腹を立てるのだろう? アホだな~と思って冷たくあしらえばいいのに、と思うのに、

結局その正社員女性に媚び諂ってるらしい。

 

上記のような内容をアドバイスしたら、気に障ったみたいで『 愚痴ってすみませんでした。』って。

んんん~・・・彼女の気持ちに寄り添えなかったみたい。

 

 

そしてKuTooに感じる違和感。

ヒールを強制させる社会が女性差別だとしてMeTooに倣った運 動があるらしい。

ヒールを強制する会社が存在しているなんて聞いたことがないのだけど(エアラインも今はピンヒールではないよね)そういう会社があるらしい。

 

ツイートみてたら、 発起人は結局活動しつつヒール履いて仕事してるみたいだし、 何で個々人レベルで動けないんだろうと思う。

いや、別に葬儀のときに葬儀屋の靴なんて見てないしさ、 シレーっと反抗してレースアップシューズでも履けばよいんでないの・・・?

私は身体のことがあるからヒールは履けません、 って宣言するなり。

それでも色々言ってくるなら個人レベルで訴訟でも起こせばいい。

 

なのにまるでチェゲバラのような革命家かのように、 正義感をふりかざすのかがよくわからない。

私もヒールは好きじゃないから、 職場まではスニーカーで職場できれい目な靴に履き替えるというNYスタイルを倣ってるし、

日本に帰国してもそうしようと思ってる。 誰が何と言ってこようと、その方法でTPOはわきまえられてると思うから。

 

でもかと言ってそれで社会のTPOに関する価値観を変えようと思 わないし、 そう思うのはちょっと承認欲求が強すぎるのではと思ってしまう。

男性だって新しい革靴買ったときはマメ作りながら革がなじむまで修行のように履いてるでしょ。

それをまるで女性だけが苦痛を強いられてるかのように性差別に結びつけるのはちょっと無理があるのでは。

 

KuTooを支持する人たちは、 友人の結婚式にもレースアップシューズとかで行くのかな。

ドレスコードはTPOとして必要だと思うのです。

結局ひとりで意思を持って行動できない(≒ 厚労省のお墨つきがないと職場でヒール以外の靴を履けない) 人たちが日本人女性に多いんだなぁって冷めた目で見てしまう。
 

失恋した話

一年前から好きだった会社の10歳上の独身未婚の先輩。

十年前に私と同じプログラムでアメリカに来てたこともあったし、

同じプロジェクトで一年仕事したから徐々に徐々に好きになっていった。

前の部署の仕事が楽しくて叱ったなっかのはその先輩のおかげだと本当に思ってる。

もう本当に好きで仕方なくて、この人と結婚できなかったら誰と出来るんだろう?って思うくらいで。

実家の職業も一緒だし、10歳も先輩なのに笑いのツボも合うし本当に居心地が良くて、

仕事してて好きになるなんてありえないと思ってたけど毎日好きになってった。

 

今回、私に会いに私の同期を連れてアメリカに来てくれて、

本当に楽しくて仕方ない4日間を過ごした。

で、ずっと好きだったし、アメリカ来ても彼ほど素敵な人がいなかったのもあって

勇気を振り絞って告白したの。

 

自分から告白なんて10年ぶり。

アパートの前まで見送って、握手されて。

耐え切れず、「●●さんのことが好きかも。じゃぁね!!!また日本で!!!」って。

強制的に終了して、彼もニヤニヤしながら帰ってったけど。

飛行機乗るくらいの時間に長文でお断りのLINEが来た。

 

他に好きな人がいるんだって。

なんか、お土産買うところとか見ててそんな気がしていたけれど

そんなわけないって勝手によく解釈して、言質を取らずに告白してしまった。

 

でも、たぶん言えないままで次の半年後の一時帰国までうだうだしてるより良かったんだと思う。

何より、本当に誠実なお断りのLINEで、こんな後輩にもこんなに丁寧に言葉を選んで思いを伝えてくれるんだって嬉しくって。

好きになってよかったと思う、

告白した恥ずかしさからくる涙ではなくて、思い切れない思いとか、

かなわなかった恋への悲しさからくる涙が止まらないけど、それってすごくいいことだなって。

 

最近は自分から純粋に好きになるってなくて、婚活としてある意味条件ばかり見てたから

先輩も条件的に年齢以外は完璧だったけど、でもそれより何よりも考え方とか

話とか一緒にいるときの楽しさが大好きで

そういう純粋な気持ちにこの年でなれたことに感謝しなきゃなと。

 

先輩が他の女性と結婚したら、私がその時彼氏がいたとしても、とってもとっても悲しくって、泣き崩れるんだと思う。

でもそれだけ素敵な人に出会えて、しかも一年間一緒に仕事出来て、NYまだプライベートで会いに来てくれるような親密さになれるって、

私はとっても恵まれてるよ。

 

先輩くらい、やさしくて、まっすぐで、誠実で、不器用だけど面白くって。

後輩からイジられても乗れるくらいの許容があって、自分に自信をつけようと努力を惜しまなくて、でも弱い人の立場に立てるような、そんな人に出会えればいいんだと

指標にすればいいんだ。

 

いまは思い出すだけで涙が出るし、でもこれってこれまでの失恋の涙よりもどこかすっきりした前向きなニュアンスがあるように思う。

とても幸せです。

 

先輩、戸惑わせてごめんね。本当に好きで仕方ないけど、私はもっといいひと見つけて幸せになるよ。

 

奏の歌の通り、先輩が部署に来てから、何もかもが違く見えて毎日がとってもたのしくなった。そんな経験ができただけで私は幸せ者だよね、きっと。

 

30歳で失恋なんてかっこわるいかもしれないけど、自分で次に進むために行動できてアメリカ来て成長したのかも。

そんな自分を誇らしく思いたい。

おわった

付き合ってんのかよく分からない彼と会った。

 

一度別れたいとニューヨークから連絡したら「えぇ?」と渋られたのに

 

一時帰国中に会ったどんな人よりも私に関心がなくて

ずっとゲームされたりして

手すら握ってくることもなく

 

あぁ、もうこれが終わりなんだなと

 

2年間何やってたんだろうとか考えちゃうけど

多分意味があった

結婚したがらない男とは別れるべきとかね

 

なんだか清々しい気持ちもあるから、

神田明神にお参りした効果があったと思う

 

これで、コップの中の水を出すことができた

あとは新しいきれいな水を入れよう

自閉症

 昨日、とある場所で韓国人と会うことになった(初対面)。

 

待ち合わせ場所がざっくりだったけど、「51th通りにいます」 というので、

その通りにある銀行に行って「BoA銀行の前にいます」 と伝えると

「TD銀行ですか?」と聞かれた。

 

はい・・・?TD銀行は50th通りにあるんですけど・・・ と思い、

「51thにいると言ってましたが50thに居るんですね。」 と言うと

「TD銀行です」って。笑

 

はぁ、50に居た私が51に行ったけどまた50に戻るのね・・・ と思いながら

「TD銀行に行けばいいですか」って言ったら「はい」って笑

 

変だなぁ、 博士課程卒業って言ってたし変わった人なのかなぁくらいに思って た。

 

 

で、会ってみたら。

2言目からわかったの、多分何かしらの発達障害だって。

 

まず挨拶が「アニョハセヨ」じゃなくて「アニョハシムニカ」。

そっから全て語尾は「ムニダ」体。

 

ムニダ体で話す人なんて見たこと無い。ひとりもない。

で、話し方もまるでアンドロイドみたい。

笑ったりするから感情はあるんだろうけど、 話し方もどもりを抑えようとしているみたいだった。

で、きょろきょろしてこちらの話を全然聞いてない。

 

 

飲み屋を探して歩いてて、1杯だけ飲んで解散する約束だったから 正直どこでもいいと思い

「この店はどうですか」って聞いたら「 雰囲気が好きでは御座いません」。

他の店を指して聞いたら、「雰囲気が良くないようですね」って。

 

めんどくせーーーーwwww

 

結局彼の好きなお店に入ると。

出された水とかフォークを、 几帳面に机の端っこにぴったりくっつくように並べ始めた。

 

 

あ。

これやばいニオイがする。

 

 

ビールを頼み、一口飲むと、 グラスをまた机の端っこにくっつくように並べ。

それまでは良かった。几帳面なのかも知れないから。

 

彼が頼んだ甘いデザート(私食べれない)が出てきて、 私がそれを一口食べたりしていたら。

彼は私のテーブルナプキンとフォーク類に手を伸ばし、 それも私側の机の端っこにぴったりつくように直したの。

 

 

 

あ、もう完全に自閉症スペクトラムだ。

 

 

 

しまいには、 私が食べかけのものを置いてるお皿を自分のほうに持ってってまた 端っこにあわせだして、

黙ってみてたら「あっ」って気付いて渡してきたり。

 

博士課程取るくらいだからものすごく頭は良いのだろう。

そして高校からイギリスの学校に入れられてたらしいから、 きっと韓国でも大変だったのだろう。

 

正直、初めてそういう大人に会ったから勝手がわからなくて、1対1だし、 怖くて仕方なくなってしまって。

すぐに帰ろうと言ってお店を出たのだけど、 家まで送ると言われて聞かなかった。

 

だからUber乗るからと伝えたけど、Uberが全然つかまらな い。

結局途中まで送ってもらうことになって、

家が見えないあたりで別のマンションに住んでることにして、 時間ぎりぎりの横断歩道を渡って強制的に去った。

 

 

そういうものを抱えた人を悪く言うつもりはないけど、想定外だったからすごくびっくりしてしまった。

眠れなかった。

自己投影

最近、妙にいけ好かない人たち。

 

なんでこんなに嫌なんだろう?って考えたけど、その人たちが口を揃えて

 

「一人で家にいられない」

「寂しくて飲み会ばかりセッティングする」

と言ってたのを聞いて、腑に落ちた。

 

あぁ、自分の弱いところをもってるひとたちだからだ。

 

いま自分は、【一人でいられない自分】が嫌で克服しようとしてるから、

その弱さを持ってる人だと感じとると、嫌悪するんだと思う。

 

いわゆる、自己投影。

そういうときは、距離を置く。

 

それが出来てるから、素晴らしいと自分を褒めている。

「反応しないこころ」

いま、自分史上一番、自己価値観が低い。

 

アメリカに来て4か月が過ぎた。

ほぼ毎日誰かと飲んで、出かけて。

 

仲いい友達ができた!と思ってたけど、そうなんだけど、そうじゃなくて。

ただ、寂しさを見まい見まいと、自分の中の寂しさから目を背けて他人の存在でかき消そうとしてた。

 

そうすると、自分が集団の中心でいたいという欲ばかりが増長して。

日本人コミュニティの中でより多くの飲み会に呼ばれることばかりに執着して、

「あれ…私その飲み会誘われてない」とか(実際私だけじゃない)

「え…わたしもその旅行行きたかった」とか、

気づいたら、他人と一緒にいることでしか自分の心を保てない自分がいた。

 

でも、私はもともと人の好き嫌いが激しいから、どうしても一緒にいて嫌な気持ちになる人に出会うわけで。

そうすると、自分で自分を満たせなくなった私は、その他人にひどく影響されて、帰宅してからずーーーーーーーーんと心が沈むようになってしまった。

 

なんだこの悪循環。

 

最初はある程度の距離感を保てていたのに。

いまは非常に視野が狭くなっている。

 

だから、これからは「雑念に捕らわれず、自分軸で生きる」ことを人生の目標にすることに決めた。

そのために、ブッダの教えを学ぶことにした。

 

恐らく、私がいまNYで孤独と戦うことになったのは、きっと自分自身の精進のため。

日本でいつでも家族に頼れる状況から物理的に離れることで、

精神的に達観するチャンスなんだと思う。

 

誰に好かれようが、誰に嫌われようが、人なんて流動的だし関係ない。

私自身が自分の一番の理解者でいたい。

自分と対話しながら、周りの人間の反応なんぞ気にせずに(すべてが妄想)生きれるようにしたい。

 

明日は苦手な女の子のいる飲み会だったけど、もう勇気をだしてキャンセルした。

前だったら絶対無理して行ってたけど、自分を守れる行動ができている自分を誉めたい。

 

すべての余計な感情(怒り、悲しみ、不安…)はすべて妄想に過ぎない。

どうにかなる。全部どうにかなる。

だから、大丈夫。